COACHES INTERVIEW① 山本知寿

COACHES INTERVIEW① 山本知寿

選手が試合で勝利した後に、コーチの方へ笑顔でガッツポーズを向ける場面を見たことがある人は多いだろう。またビーチバレーボールにおいて、コーチは選手と二人三脚で密接に関わりながら、選手たちの成長や取り組みを手助けする存在だ。コーチたちは一体どんな人たちなのだろうか。コーチたちに迫る連載「COACHES INTERVIEW」、第1回は山本知寿コーチ(トヨタ自動車)のインタビューをお送りする

 

――山本コーチは選手としてビーチバレージャパン三連覇を達成するなど活躍されましたが、ビーチバレーを始めたきっかけは?

「私は1988年から92年までは富士フイルムで6人制をプレーしていました。退職後、川合俊一さん(現・日本バレーボール協会会長。富士フイルムでプレーしたのちビーチバレーボールの普及に努めた)から声をかけていただいてプレーしたのがきっかけです。はじめはビーチバレーボールの『ビ』の字も知らなかったのですが、川合俊一さんと弟の庶さん(現・日本バレーボール協会ビーチバレーボール事業本部長)に教わりながら始めました」

 

――ビーチバレーボールに感じた魅力は?

「インドアでは強いボールを打って決めるというイメージを持っていましたが、弱いボールでも、相手のポジションの穴を見つけて得点することができるなど、6人制と違ったおもしろさを感じました。また2人でプレーするので、ボールに触る回数も多く、自分のプレーが勝敗に直結することも魅力でしたね」

 

――現役引退後、コーチとして活動を始めましたが、苦労したことはありましたか?

「最初は女子選手を担当したのですが、始めは男子選手との運動能力の違いを把握することに時間がかかりました。ジャンプ力、動きのスピード感、打ったボールの速さなどの違いですね。自分がプレーしていた時の感覚があるので、『もっと速く打てる』とか『もっと動ける』とか『もっとジャンプできる』と感じていたのですが、ワールドツアー(現・ビーチプロツアー)を回っていく中で、さまざまな選手たちを見て、違いを把握していきました。技術を教えることについては、そこまで悩むことはなく、男女の感覚の違いを把握することに時間がかかりましたね」

 

――コーチをする上でどういったことを心がけていますか?

「選手たちがもともと持っている技術を、さらによくすることでしょうか。もちろん高いレベルでプレーするために、最低限クリアしないといけない技術はありますが、自分の持っている技術を押し付けるよりは、選手個々の適性や魅力的な部分を、どうやったら引き出せるかを常に考えています。私自身が、押しつけられて何かをやるということが、あまり好きではないということもあります。

コーチの仕事は、マニュアルがないと思います。選手が10人いれば10人それぞれ違います。100人いれば100人違う選手です。ですので、日々の調子や雰囲気、会話のトーンなどで、選手の変化というものには、気付けるように意識しています。

また選手が自分で何が必要なのかを考えて、セルフマネジメントできることも大切だと思います。ビーチバレーでは、コーチが試合中にアドバイスを送ることはできません。そうなると試合中の対策などはペアの2人で完結させる必要があります。自分で考えて、コントロールして、いいパフォーマンスが出せるようにする。極端な話ですが、コーチが練習、試合前など何も言わなくても試合に入ってよいパフォーマンスが出せるような状態が理想だと思います。コート上の2人だけで、すべて成り立っていくような状況を作り上げたい、と常に思っているので選手が私から離れていくほどいいなと感じますね」

 

西堀健実選手、橋本涼加選手を中心にトヨタ自動車所属の全選手と関わる

 

――そういった自分で考えていく選手になってもらうために、どういったことが必要でしょうか?

「選手自身に考えてもらう習慣をつけることが重要です。そのために、練習や試合前後のミーティングで、選手に対して話し過ぎないよう意識しています。ただ、何もしないということでは、方向性がずれる場合があるので、考えるためのヒントは与えつつ、選手自身に考えてもらえるようマネージメントはしています。

現在、トヨタ自動車では西堀健実選手、橋本涼加選手を中心にすべての選手と関わりを持っていますが、基本的には自分たちで考えて準備し、試合に臨んでもらっています。海外遠征等、あえて私が帯同せず選手だけで行ってもらう機会を作り、選手に主体性を持ってもらうように促しています。そういった遠征後に、行動や発言の変化を感じたときは、試合に勝ったとき同様にうれしいと感じますね」

 

――山本コーチは、ご自身のことをどのようなコーチだと思われますか

「よく選手にも自分のことを理解するように言っているのですが、自分のことを分析するのは難しいですね(笑)

一つ言えるのは、表裏がないのかなと思います。選手に何か伝えるときでも、いいものはいい、悪いものは悪いとはっきり言いますし、ミーティングなどでも『それは違う』とか『それはいい』と伝えますね。例えば、試合前のウォーミングアップで選手の調子が悪そうだった場合に『そんなことないよ、大丈夫だよ』と言うよりは『悪いから修正しよう』とはっきり言います。そういった意味では、選手からはわかりやすい人と思われているかもしれないですね」

 

――あえて言わないという選択肢もあるかと思いますが、山本コーチは「伝えるべきは伝える」というスタンスなのですね

「私のなかでは、練習も試合も大きな目標への過程だと思っています。例えばオリンピックの出場権、コンチネンタルカップでの結果、世界ランキングを上げる、など大きな目標があったら、すべてはその過程で行う実験だというイメージを持っています。試合中にいろいろなプレーや戦術を試して、もし失敗したら、課題を見つけ、次の試合で新しい実験をしてみようと。大きな目標に到達するために、自分の中でデータを蓄積して、いいものにどんどん変えていけるようにさまざまな方法を試していくという感覚でいます。そのため、伝えるべきことは伝えたうえで、どのように改善していくのかを一緒に考えていきます」

 

大きな目標を達成するための手助けをしていく

 

――山本コーチにとって理想のコーチ像はありますか?

「こういうコーチでありたいというのはないですね。自立した選手になってほしいというような理想の選手像はありますが、担当した選手がどういった選手になりたいのか、その理想をかなえるために、コーチがいるという感覚です。選手がどうなりたいかによって、私がどのようにサポートをするのかも変わると思います。ひとつの理想で固まるよりは、選手たちの理想をかなえられるのであれば、私が変化した方がいい場合もあります。長年の経験があるので、軸となる考え自体がぶれることはないと思いますが、選手への伝え方、コミュニケーションなど変えながら、選手により伝わるようにできればと思っています」

 

――最後に山本コーチにとってビーチバレーボールの魅力はなんですか?

「例えば飛び込んでボールを拾うレシーブや強烈なスパイクを打つこと、それをブロックすることは観ている人にとって魅力的だと思います。他にも砂の上でダイナミックに動けるところや風の中であたかも風がないかのようにボールをコントロールできることなどもすごいことだと思います。観ている人にとって魅力を感じる部分というのはいろいろあって、何が魅力かと言われると難しいところですね。

ただ、選手たちが、1点1点で『考えてプレーをしている』こともわかってくるとよりおもしろくなってくると思います。例えば、『このコースにサーブを打てば相手のスパイカーの助走距離が短くなる。そうなるとスパイクの威力が半減するから、ディフェンスはそれに合わせてこうしよう』などと考えながらプレーしています。そういったところにフォーカスしていくとよりおもしろみが増すと思います。少し専門的すぎるかもしれないですけど、そういったワンプレーワンプレーに込められた意図も、観ている人に伝えられるといいですよね」